No.126 多聞城跡と東大寺

若草中学校の校内に建つ石碑 世界遺産と生きる
地元若草中学校は、多聞城の跡に建つ

―― 世界遺産のすぐ隣に眠る歴史 ――

昨日の毎日新聞奈良版に、多聞城の記事が掲載されていました。

実はこの場所、私たち家族にとっても身近な場所です。

現在の若草中学校周辺に築かれた多聞城。

東大寺や正倉院から歩いて行ける距離にありながら、奈良を代表する戦国時代の城として知られています。

世界遺産「古都奈良の文化財」のすぐ近くに残る歴史を訪ねてみました。

多聞城とはどんな城だったのか

戦国武将・松永久秀が築いた城。

永禄2年(1559年)頃から築城が始まりました。

奈良盆地を見渡す佐保山の高台に築かれ、

当時としては画期的な城郭だったと伝わっています。

ルイス・フロイスは、

「白壁が美しく豪華な城」

として記録しています。

また、多聞櫓や四階櫓など、

後の近世城郭の先駆けとなる構造も採用されていました。

若草中学校校門に設置されている案内板

戦国武将・松永久秀が築いた城「多聞城」その跡地には、若草中学校の学び舎がある


東大寺と正倉院のすぐ近く本文

地図を見るとよく分かります。

東大寺。

正倉院。

鼓阪小学校。

そして若草中学校。

その中心付近に多聞城跡があります。

世界遺産エリアのすぐ隣に、

戦国時代の歴史が静かに残されているのです。

奈良の魅力は、

一つの時代だけではありません。

奈良時代。

平安時代。

戦国時代。

それぞれの歴史が重なり合っています。

若草中学校校門前に設置している周辺観光図

周辺図を見ると、若草中学校(多聞城)、鼓阪小学校、正倉院、東大寺、そして私の住む東包永町の位置関係が良くわかります。


現在は若草中学校になっている

現在、多聞城跡の中心部は若草中学校になっています。

実は私の家内と子ども3人も、

この学校に通いました。

私は隣の中学校でしたが、

家族にとって身近な場所です。

歴史の教科書に登場する城跡が、

今では地域の子どもたちが学ぶ学校になっている。

これも奈良らしい風景かもしれません。

若草中学校正門

若草中学校正門。その先には、山の上の校舎へ向かう75段の階段


校門から見える世界遺産

校門付近からは、

若草山と東大寺大仏殿を望むことができます。

さらに興福寺五重塔も見えます。

現在は保存修理工事中ですが、

奈良の歴史を象徴する風景です。

戦国時代の城跡から、

奈良時代の寺院を眺める。

そんな景色が今も残っています。

校門から望める世界遺産。

校門から、世界遺産の東大寺や興福寺五重塔が、身近に望めます


世界遺産の陰に隠れた奈良の歴史

奈良を訪れる人の多くは、

東大寺や春日大社を目指します。

もちろん、それらは素晴らしい世界遺産です。

しかし少し視線を広げると、

多聞城のような歴史遺産も残されています。

奈良は世界遺産の町であると同時に、

幾重もの歴史が重なる町なのです。

航空写真を見ると、多聞城跡だけでなく、奈良少年刑務所(現在の監獄ミュージアム)の位置もよく分かります。

明治時代に建設された赤れんが建築で、近年は保存・活用が進められています。

奈良には世界遺産だけでなく、戦国時代の城跡や近代建築も残されており、さまざまな時代の歴史が一つの町の中に共存しています。

私自身、この航空写真を見るまで、多聞城跡と奈良少年刑務所がこれほど近くにあることを意識したことはありませんでした。

若草中学校の航空写真

航空写真で見る若草中学校(多聞城跡)。運動場のすぐ北側には少年刑務所(現監獄ミュージアム)


まとめ

東大寺や正倉院のすぐ近くに残る多聞城跡。

戦国武将・松永久秀が築いた城は、

今では若草中学校として地域の暮らしの中に生きています。

世界遺産だけでは見えてこない奈良の歴史。

そんな身近な歴史に触れることも、

奈良を歩く楽しみの一つだと思います。


小鹿のひとこと

🦌「東大寺の近くに、お城があったなんて知らなかったよ。
奈良って、本当にいろんな時代が重なっているんだね。」


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