No.123 百舌鳥・古市古墳群と奈良

百舌鳥・古市古墳群の巨大古墳|古代日本の王たちの墓 世界遺産絶景物語
大阪に残る巨大古墳群は、奈良の古代国家とも深くつながっています。

―― 古代日本をつないだ王たちの時代 ――

奈良には、
東大寺や興福寺、春日大社など、
「奈良時代」のイメージがあります。

けれど、その前にも、
日本には大きな時代がありました。

古墳時代です。

大阪の

百舌鳥・古市古墳群

は、2019年に世界遺産へ登録されました。

巨大な前方後円墳が並ぶ風景は、
まさに古代日本の象徴です。

そしてこの古墳文化は、
奈良とも深くつながっています。


古墳時代、日本の中心は近畿だった

百舌鳥・古市古墳群があるのは、現在の大阪府。

一方、奈良には、

  • 箸墓古墳
  • 五条野丸山古墳
  • 石舞台古墳

など、多くの古墳があります。

古代日本では、
現在の奈良・大阪一帯が、政治と文化の中心でした。

今のように、

「大阪」「奈良」

という区別ではなく、

ひとつの巨大な古代圏だったのかもしれません。

奈良から大阪へ。

大阪から奈良へ。

王や豪族たちが行き来していた時代です。

奈良に残る古墳時代の遺跡

奈良にも、古墳時代の歴史は数多く残されています。


なぜ古墳はあれほど大きいのか

百舌鳥・古市古墳群の特徴は、
圧倒的なスケールです。

特に有名なのが、

仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)

です。

世界最大級の墳墓とも言われています。

空から見ると、
巨大な鍵穴のような形。

なぜ、ここまで大きな古墳を造ったのか。

それは、

「王の力」

を示すためだったとも言われています。

巨大古墳は、
単なる墓ではありません。

古代国家の力そのものだったのです。

世界最大級と言われる仁徳天皇陵古墳

巨大古墳は、古代日本の権力を象徴していました。


奈良へ続いていく時代

古墳時代のあと、
日本は飛鳥時代へ入っていきます。

そして奈良時代へ。

仏教文化が広がり、

  • 東大寺
  • 興福寺
  • 法隆寺

などが築かれていきました。

つまり、

百舌鳥・古市古墳群は、

「奈良時代より前の日本」

を知るための世界遺産でもあるのです。

奈良の寺院文化と、
古墳時代。

一見違うようでいて、
実は歴史はつながっています。

古墳時代から奈良時代へ続く日本の歴史

古墳時代のあと、日本は奈良時代へとつながっていきました。


世界遺産になった理由

百舌鳥・古市古墳群が評価されたのは、

  • 古墳文化が良好に残っていること
  • 古代東アジア文化を示していること
  • 日本独自の巨大墳墓文化であること

などです。

特に、

都市の中に巨大古墳が残っている風景

は、とても不思議です。

現代の町と、
1500年前の王墓が共存している。

これは日本でも珍しい景色です。


まとめ

奈良の寺院文化。

大阪の巨大古墳。

時代は違っても、
どちらも古代日本の中心地でした。

百舌鳥・古市古墳群は、

「奈良時代以前の日本」

を伝える世界遺産です。

奈良を知ることで、
古墳の時代も見えてくる。

そして古墳時代を知ることで、
奈良時代への流れも見えてきます。

歴史は、
別々ではなく、つながっているのです。


小鹿のひとこと 🦌

「東大寺よりもっと昔にも、日本には大きな“歴史の中心”があったんだね。」


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